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歴史探訪

広島県江田島市歴史探訪
江田島市の概要
江田島市は、広島県南西の広島湾に浮ぶ江田島、能美島とその周辺に点在する島々で構成されており、南の呉市とは、音戸大橋・早瀬大橋の両架橋により結ばれ実質的には陸続きとなっています。近世からの海軍ゆかりの地で、世界3大兵学校として世界にその名が知れた旧海軍兵学校(現在の海上自衛隊幹部候補生学校や第一術科学校)がありました。

江田島のあゆみ
むかしのこの地域に住んでいた人々は海辺に小さな集落を形成し、生活していました。また、奈良時代以前から安芸の国では造船が盛んで、市域でも遣唐船のような船が建造されていたことをうかがわせる記録が残っています。

平安時代には全国各地に荘園が広がりましたが、能美島や江田島近辺にも「能美庄」や「安摩庄」などがありました。能美庄は皇室や高野山に関係ある庄園として有名で、食料や医療用の年貢を瀬戸内海を航行して高野山の奥院に運んでいました。また、江戸時代末の1806年には、日本全土を測量した伊能忠敬一行が能美島へ来島しましたが、その際の測量作業に多くの島民が協力し、現在の地図とほぼ変わらないものを作りあげました。

明治に入り、日本では軍事面の強化が問われるようになった頃、1885年に瀬戸内海に設置する軍港の候補地に呉(広島県呉市)と共に選ばれてから、それまで田畑の広がる農村が多かった市域の歴史は大きく動きます。軍港は呉、江田島には東京の築地から兵学校が移転されることに決まると、土地の買収や敷地の造成など着々と整備が行われ、1888年に海軍兵学校が竣工となりました。以後、当学校は山本五十六元帥ら海軍の提督、士官約1万人を輩出しました。
終戦後の1945年に廃校となり、一時は英連邦軍の在日司令部が置かれましたが、1956年に敷地が返還され、翌年には海上自衛隊幹部候補生学校として新たなスタートを切り、現在にまで至ります。

2004年には安芸郡江田島町・佐伯郡能美町・佐伯郡沖美町・佐伯郡大柿町の4町が合併して、江田島市が誕生し、新市建設計画として「自然との共生・都市との交流による海生交流都市」を掲げ、まちづくりを進めています。


江田島の名前の由来
むかしは、能美島と江田島は別々の島で「能美島(幹)に対する枝(えだ)島」ということから「江田島」となったという説が有力だといわれています。


江田島の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
大柿町歴史資料館
住所: 〒737-2213
広島県江田島市大柿町大原1068-6 [地図を見る]
電話番号: 0823-57-6420
開館時間: 9:30〜16:30
休館日: 月曜日、12月28日〜1月4日
入館料: 無料







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